裁判員制度実施まで約1年となった今、この判決はマスコミがこぞって報道しているが裁判員となるべき私たち国民はしっかりと自分の視点をもってこの判決に向き合わなければならないと思う。
私は刑法が嫌いだ。
一応、法学部出身なので刑法は学んでいる。
理論的にはおもしろい学問だと思う。一番追求したい学問だ。
刑法から派生する論点。
少年法や司法福祉といった分野も軽く学んだ。
しかし、重い。重すぎる。
考えれば考えるほど答えが出ない。そんな学問だと思う。
「なんで弁護士には興味示さなかったの?」と聞かれることもかつてはあったが、いくつかある理由のひとつが刑事事件には関わりたくないからだ。(もちろん民事のみやっている弁護士がたくさんいることはわかっている)
知識がないのを承知であえて持論を言えば「死刑は廃止すべき」と思っているし近年の厳罰化の流れは「ほんとにこれでいいのか」と疑問を感じている。
だからといって今回の判決を評価することも批判することもしない。いや、できない。
人が人を裁くなんてあまりにも人間を超越した究極的なものだ。(それでも誰かがやらなきゃいけない)
別に逃げてるわけじゃない。
判断ができないのだ。
決して感情的な判断をしてはならない。
マスコミなどは凶悪事件が起こるたびに感情論を喚起し、遺族も自分達がいかに無念かを強調する。
しかし、残念ながら人間というのは立場によって主張は変わる。
もし私が愛する人を殺されたとしてそれでも前述の「死刑廃止」と声を大にしては言えない。
むしろ極刑を望んでしまうだろう。
だから判断できないのだ。
これは矛盾ではなく自明なのだ。
それを判断する立場になろうなど考えることなどできない。
しかし今回の事件において本村さんの姿勢はほんとにすばらしいものだと思う。
家族を殺された無念さをできるだけ殺し、感情論になるのをなるべく抑えながら現在の刑事司法がどのようなものか、そしてどうあるべきなのかを訴えている。
自分が同じ立場にたったとして同じ行動ができるだろうか。
私たちは今回の判決に対して過度な報道はなるべく冷静にとらえ、検察側と被告側双方の主張をしっかりと認識したうえで各々の中で判断しなければならないと思う。
最後に、犯罪被害者の冥福を祈ってこの文章を閉じたいと思います。